「人的資本」を高めることが必要だ…。最近よく耳にする言葉です。いわく、人材をコスト(費用)としてではなく、資本(キャピタル)として捉え、積極的に投資を行っていくべきだ…。
と聞くと、「これまでも研修で人材投資はしてきたのだが?何を今さら?」と違和感を持つ方もいるでしょう。
実は今、人的資本力UPの研修で考えるべきは、研修そのものよりも「前工程」です。すなわち、自社にはどのような人材が必要かを定め、その人材を育成するために体系だった研修を設計するかを考えることであり、「戦略人事」という考え方と軌を一にするものです。
この、体系だった研修設計の手法を知りたい方は、下記のフォームよりお問い合わせください。私はこれまで、タワーズワトソン社での人事コンサルタントを皮切りに、グロービス経営大学院大学の立ち上げ、そして今は米マサチューセッツ大学のMBAプログラムで教鞭を執るという、「人材畑」のキャリアを歩んできました。そのノウハウを共有させていただきます。
シンメトリー・ジャパン代表、米マサチューセッツ大学MBA講師
人的資本力UP研修が必要になった背景
いま、人的資本が取り上げられている理由は、大きく二つに分かれます。
- 人的資本の情報開示を求める外部の株主の圧力
- 採用難による省人化、DX対応など、従業員を活用する必要性
人的資本の情報開示を求める外部の株主の圧力
企業の競争力を決定するのが「カネ」から「ヒト」に変わってきたとの理解はますます広まっています。昔ながらの製造業中心の社会では、設備投資に多額のお金が必要であり、いかに資金を調達するかが重要でした。しかし、時代は変わり、ITなどのハイテク産業やサービス業中心の社会では、アイデア一つで業績は大きく変わります。世界を席巻しているアップルやメタ(facebook)など、創業者の革新的なビジネスモデルがその共創力の源であり、これを生み出す人材の重要性はイメージできるでしょう。
当然、企業に投資をする株主も、その会社にはどのような人材がいて、どこまで活用できているのかが気になりますが、人材に関する情報開示はこれまで十分ではありませんでした。一方のカネに関する情報開示が、決算書により事細かになっていることと比べると、その不十分さが浮き彫りになります。
これに対応するのが、ISO30414です。2018年12月に発表されたガイドラインでは、人的資本の情報開示を、
企業の人材戦略を定性的かつ定量的に社内外に向けて明らかにすること
と定義し、
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 組織の健康・安全
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者の育成
- 労働力
の11項目を挙げています。ちなみに、ISO30414には認証制度や適用義務はなく、かつ全ての項目を開示する義務はなく、どの項目について開示するかは企業に委ねられています。
これに呼応する形で、2019年に米国で「Recommendation of the Investor Advisory Committee Human Capital Management Disclosure March 28, 2019(投資家諮問委員会の勧告 人的資本管理の開示 2019年3月28日)」が、2020年には日本で経済産業省による「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜」が発表されました。
一方、上場企業を中心に経営トップの「スキルマトリックス」の開示も進んでいます。これは、経営人材がどのようなスキルを持っているかを可視化したもので、
- 財務・会計
- 企業経営
- 法律・リスク管理
- グローバル
- ESG・CSR
- マーケティング
- 人事労務・人財管理
- IT・DX
の8項目がよくある分類項目と言われています。
採用難による省人化、DX対応など、従業員を活用する必要性
人的資本力UP研修が求められるもうひとつの背景が従業員活用の必要性です。DXに伴って従業員の仕事の内容が変わってきており、新たなスキルを身に付けてもらう必要が高まっています。このためには従業員のリカレント教育が重要になりますが、日本においては十分広まっていないというのが実情でしょう。その理由の一つが、従業員への研修を「コスト(費用)」と捉えてしまう経営者の人材観です。コストである限り、「できるだけ抑えて、効率的に」と考えるのは自然の流れです。
ここに、人的「資本」というキーワードの意味合いがあります。すなわち、こすとではなく投資、将来儲けを生み出すものを構築する活動として研修を捉えるとの人材観の変革を促すねらいなのです。なお、「人的資本(ヒューマン・キャピタル:Human Capital)」という言葉自体は意外と古くから提唱されてきました。1992年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ゲイリー・ベッカー教授が1964年に出版した著書「Human Capital (人的資本)」の中で提唱したものです。人間を機械や工場などと同じ資本ととらえ、教育・訓練(投資)をすることにより生産性が向上し、結果として賃金も増大すると分析しました。おそらくは、経済産業省の「人材版伊藤レポート」においても、賃金アップという観点からも人的資本というキーワードを重視していると想像されます。
人的資本力UP研修とは体系化
ヒト・モノ・カネを網羅した人的資本力UP研修
前述の通り、人的資本力UP研修においては実際の研修そのものよりも前工程、すなわち設計段階が重要視されます。その際には研修の体系化が必要であり、そのイメージを紹介します。もっとも単純に考えるならば、企業経営における3大資源、ヒト・モノ・カネの分野にあわせてモレなく研修を提供することになります。具体的には、ヒト分野ではリーダーシップやチームビルディング、モノ分野では企業戦略やマーケティング、カネ分野では管理会計と財務会計などです。
一方で、これまでの私たちの経験からは、そのような分野固有の研修以前に基礎となる力が必要になることも分かっています。具体的には、ロジカルシンキング、プレゼンテーション、ファシリテーションなど、ビジネスパーソンであればどんな職位であれ、どんな職種であれ共通して必要になってくるスキルです。
事業にあわせた研修体系化が必要
一方で、上述のヒト・モノ・カネは一般論であり、実際は事業の内容に合わせた自社独自の体系化が必要になります。たとえば前述のマーケティング。一口にマーケティングといっても、B2C(対消費者向け)もあればB2B(対法人)もあります。あるいは、コンセプトやプランニングを学ぶというのもあれば、実践段階においてマーケティング・オートメーションをどのように行うかがテーマになる場合もあるでしょう。
誰が自適資本力UP研修を担うのか
この観点において、人的資本力UP研修が従来の研修と異なるのは、その主たる担い手です。従来の研修は社内の人事部門が主管することが多く、現場のニーズを拾って対応することが多かったものです。しかし、人的資本力UP研修においては、前述の通り企業ごとに、その事業内容に合わせて構築する必要があります。したがって、経営企画部門、あるいは経営者の関与がより求められます。